転職レシピ|博士・ポスドクのキャリア事情1(研究者の道を閉ざすポスドク問題)

ドナウ川を背景にポスドク問題の要点を記載 転職
不安定な雇用形態であるポスドク。平均給与430万円は、低いか高いか?

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転職レシピの初回は博士のキャリア事情シリーズです!
第一弾の今回は、

  • 研究者としての典型的なキャリア
  • 日本のポスドク問題

を紹介します!

Abstract | 研究者としてのキャリアを描くのは簡単ではない

日本のポスドク問題は主に
(1)パーマネント職(終身雇用)に付けない
(2)給与水準が低い
(3)場合によっては社会保険に加入できない
の3つです。
研究者のキャリア像として、博士取得後にポスドクとして研究経験を積み(武者修行)、大学などの研究機関で助教、准教授、教授といった終身雇用ポストに就いて研究を続けるということが典型的です。
日本のポスドク問題は、このようなキャリアパスを描くことが簡単ではなくなってきているということを意味します。

Background | 研究者の将来キャリア像

まずは、研究者の典型的なキャリアについてお話します。
私がお話できるのは天文学者としてのキャリア像です。
物理などの理学系のキャリアは近いものがあるかもしれませんが、工学や薬学など民間での研究が盛んに行われている領域や産学連携が進んでいる領域の事情は異なると思いますのでご注意ください。

天文学研究者としての典型的なキャリアパス

天文学者としてよくあるキャリアパスは以下のようなものです。
年齢にはかなり幅があります。

ポスト年齢
1博士号取得20代終盤
2任期付き研究員30代前半頃から後半頃まで
3大学・研究機関の助教30代後半頃から40代前半頃まで
4大学・研究機関の准教授40代頃
5大学・研究機関の教授50代頃
天文学研究者の典型的なキャリアパス(ただし、ばらつきは大きい)

この表の2がポスドク(博士研究員)、3以降がパーマネントと呼ばれる任期無しのポストです。

博士号課程(博士号取得)

天文学研究者のキャリアは天文学や物理学の博士課程から始まります。
博士課程では、査読論文の出版も含め、独力で研究を遂行できる能力を身につけることが求められます。
研究内容を博士論文としてまとめることで、その能力が備わっていることを示し、博士論文が大学に受理されることで博士号が付与されます。

査読論文や博士論文が受理されためには、その研究テーマにおいて何かしら世界一の要素を持っていないといけません。
同じ大学院でも修士課程とのハードルは雲泥の差です。
まして学部とは世界が違います。
優秀なだけでは生き残れません。
主体性が必要です。
自分が研究する領域の世界情勢を調査し、課題を見極めて研究テーマを決定し、その課題に対する仮説を立てて検証して、また新たな課題を見つけるというプロセスを自分で進めていかなければなりません。

任期付き研究員 = ポスドク

博士号を取得すると、通常は任期付き研究員というポストに就きます。
細かい名称は、

  • 学振特別研究員
  • 科研費研究員
  • フェロー
  • 特任研究員
  • 特任助教

など、いろいろあります。
任期付きのポストはまとめてポスドクと呼ばれることが多いです(特任研究員や特任助教がポスドクに含まれない場合もあります)。
同じ任期付きでも特任准教授や特任教授はさすがにポスドクには含めないことが多いです。

ポスドクとは、post doctoral researcherの略で、博士号取得後、大学の教員(通常は助教)として雇われるようになるまでの修業期間です。
若手研究者として国内外の様々な研究機関で研究を行い、研究の幅と人脈を広げていきます。
この修行期間に質の良い研究を進め、査読論文の数を積み上げられるか否かがその後のポストへの分かれ道になってきます。
研究分野によりますが、最低年間1本という風潮があります。

ポスドクの期間には研究の実績を積み上げながら、次のポストへの応募を出しまくります。
ポスドクのポストは大抵は2-3年なので、ポスドクの任期が始まって1年後には次のポストへの応募が始まります。
任期付きのポストは(内容、処遇はピンきりですが)1年中出てはいるので、ポスドクとしてのポストが見つからないということは天文学の分野では殆ど聞きません。
ポスドクが次のポストとして応募する先には、助教などのパーマネント職も含まれますが、ポスト自体が少なく、そこに空きが出ない限り公募が出ないため割合としては小さいです。
当然、倍率も高いので応募したからと言って通る見込みは大きくありません。
優秀なポスドク同士での争いになります。

パーマネント職(任期無し研究員)

良いポストに出会うことができれば、大学や公的研究機関で助教として雇われることができます。
晴れて終身雇用の身分を手に入れます。
天文学をやっている大学や公的研究機関は多くないので、必然的に

  • 東大、東北大、京大、阪大、名大
  • 国立天文台、理化学研究所

などの国立大学や著名な研究機関が対象になってきます。
これらの研究機関でパーマネント職のポストが空かないことには、任期無し雇用を手に入れることはできないのです。

また、パーマネントになれた後にも、准教授や教授といった裁量の大きなポストに上がれるかという課題もあります。
とはいえ、准教授や教授ともなると、自分の研究室を持ち、各所から予算を集め、優秀な学生をリクルートするなど、研究室運営をする立場になります。
民間企業で言えば部長以上の経営者層に相当します(コンサルティングファームで言えばパートナーやディレクター)。
民間企業でも、経営者層まで出世するのは相当大変なので、パーマネントになった後の出世競争は民間と研究者で大差はないのかもしれません。

Contents | 日本のポスドク問題

日本ではポスドクや若手研究者の雇用問題が話題になっています。
問題意識は以下のようなものです。

  1. ポスドクの平均年齢上昇(=パーマネント職につけない)
  2. ポスドクの給料が低い
  3. 場合によっては社会保険がない

これらを少し詳しく見ていきましょう。

ポスドクの平均年齢上昇 = パーマネント職につけないポスドクの増加

ポスドクの平均年齢はたしかに上昇しています。
ポスドクの平均年齢については、NISTEP(National Institute of Science and Technology Policy; 文部科学省 科学技術・学術政策研究所)が報告書を出しています。2015年年度実績2009年度実績を比較すると、2009年度には中央値32歳、平均33.8歳だったのが、2015年度には中央値34歳、平均36.3歳となっています。

調査年度サンプル数平均年齢中央値の年齢
200915,22033.832
201214,17534.633
201515,90236.434
NISTEPによる「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」の結果をまとめた表

ポスドクの平均年齢の増加は、任期無し職のポストに付けていない高齢ポスドクが増えていることを意味します。
実際、東京大学新聞(東大生が運営している学内新聞)の記事によれば、東大における40歳未満の任期無し職員の数は2006年に903人であったのが、2016年には383人になっています。
東大でも40歳未満の職員について、パーマネントが減少しており、任期付き職員が増加していることを示唆します。

ところで、東大では財務情報を公表しており、職員の年齢構成や平均給与を公開しています。
民間上企業の有価証券報告書と同じです。
ただし、ポスドクなどの有期雇用者については公表対象に含まれていないので注意が必要です。
特任研究員、特任助教は含まれていますが、外部資金で雇用されているような学振特別研究員や科研費研究員は含まれていません。

ポスドクの給料が低い

ポスドクの給与水準は、その学歴と能力を考慮すると、民間企業より低いです。
この問題については、

  • 天文学の業界の経験値
  • 日本全体の統計

の両建てでお話します。

天文学関係のポスドクの給与水準

ポスドクの給与については大抵は公募の要項に明記されているため、個別にはすぐに調べることができます。
一口にポスドクの給与といってもピンきりです。
天文学の関連で代表的なところでは、

ポスト年収 [万円]
1学振特別研究員(PD)434
2学振特別研究員(SPD)535
3科研費研究員300-400
4国立天文台特任研究員420
5国立天文台特任助教660
6東京大学IPMUフェロー600-700
天文学に関連する代表的な任期付きポストと年収

この表を見ると、だいたい年収で400-600万円程度ではあります。
ただし、500万円を超えるクラス、年収600万円といったポストはかなり限られており、感覚的には20人ぐらいの同期で1人いるかいないかです。
学振特別研究員(PD)がベンチマークになっているため、だいたいのポスドクが400万円代という印象です。
学振特別研究員(SPD)は学振特別研究員(PD)に上位で合格した者の中から選抜される狭き門です。

科研費研究員の年収にはかなり幅があります。
科研費研究員は、科研費(日本の最も代表的な競争的研究資金)を獲得した研究者(多くの場合どこかの大学の教授)がポスドクを雇う形になります。
したがって、雇い主の研究者が所属機関の規定に照らし合わせて決めることになるため、幅が出てきます。
あまり掘り下げると闇も出てきますが、それは後々お話しましょう笑

ポスドクのポストは年によって公募があったりなかったりします。
大抵は、大学や研究機関がどこかから資金を調達して運営しています。
なので、その資金がなくなったら公募がでなくなるし、調達されれば再開するということになります。
上の表の6. 東京大学IPMUフェローは2017年を最後になくなっています。

日本のポスドクの給与水準

NISTEPの小林上席研究官の2015年の論文によれば、ポスドクの年収のピークは400-500万円程度です(「若手研究者の任期制雇用の現状」の図7を参照)。
学振特別研究員(PD)の434万円がベンチマークになっていると推察されます。
少し古いNISTEPの調査で、2008年の「ポストドクター等の研究活動・生活実態に関する分析」では、ポスドクの給与の最頻値は月給で30-40万円なので、年収では360-480万円程度です。
やはり、ポスドクの年収は400万円台と考えて良いでしょう。

民間企業から見たポスドクの給与水準

さて、ポスドクの年収400万円は低いのでしょうか、高いのでしょうか?
国税庁の民間給与実態調査の令和元年分の調査結果によれば、日本の給与所得者の平均給与は436万円です。
これだけを見るとポスドクの給与水準は日本の平均と同程度と思っていまいそうです。

ところが、民間給与実態調査の年齢別の結果(こちらの第14図)を見てみると、30-34歳では410万(男性のみは470万)、35-39歳では445万(男性のみでは529万)です。
したがって、同世代と比べるとポスドクの給与水準は同程度か少し低いという結論になります。

ここで注意すべきなのは、博士卒のポスドクの給与を同世代の平均給与と比較することが妥当でない可能性があることです。
多くのポスドクは有名大学で博士を取得しており、その課程では独力で研究を進める力を身に着け、世界一の要素を持っています。
そのような人材が学部卒や修士卒で民間企業に就職していたとすると、日本の平均よりも高いと考えられます。
このことまで考慮した場合にはポスドクと民間企業の給与の乖離は大きくなります。

ちなみに、私が転職活動をしていた当時、応募企業の面接担当者が私の年収を聞いて
「あなたのような経歴を持っていて、この年収では低すぎる!もったいない!」
と驚いていました。
ポスドク当時の年収は400万円を下回っていました。
実際に民間に転職し、ポスドクの給与がすごく低いことを理解しました。

ポスドクの雇用形態によっては社会保険がない

ポスドク問題の3点目の社会保障、約3割は厚生年金などの社会保険に未加入です。
NISTEPの「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」2015年年度実績によれば、全体の34.1 %が社会保険に未加入、理学分野では24.5 %が未加入となっています。
人文社会系では7-8割が未加入とかなり未加入率が高くなっています。

Backgroundのセクションで掲示した、ポスドクのポストで言えば、学振特別研究員(PD, SPDなど)は大学との雇用関係にないため、社会保険に加入することができません。
年金は国民年金のみ、健康保険は国民健康保険のみとなります。
学振特別研究員の場合、業態としては個人事業主という扱いになります。
ちなみに、学振特別研究員の給与は名目上は給与ではなく「研究奨励費」ですが、税制上は給与所得とみなされます。
また、雇用関係はありませんが、学術振興会が例外的に認めているものを除いて、他の報酬を受給することはできません。
さらに、出産、育児、傷病を理由として研究を中断している期間は研究奨励費が支給されません。
このあたりを見ると、どこかの芸能プロダクションも真っ青な奴隷契約に見えてきます。
学振特別研究員の待遇については、またどこかで取り上げたいと思います。

一方で、大学や研究機関との雇用契約が生じるポストでは社会保険に加入することになります。
Backgroundのセクションの表で言えば、学振特別研究員(PD, SPD)以外はすべて該当します。
厚生年金、大学なら健康保険は共済保険、さらに雇用保険なども含め、民間企業と同様に労働者としての社会保障制度を利用できます。
労災もあります。

Discussion | 研究者を目指す方に伝えたいこと

研究者としてのキャリアを将来の選択肢に入れている方は、「ポスドクは雇用が安定していないから研究者なんてやめたほうがいい」と早まってはいけません
ポスドク雇用問題が問題になるかどうかは各個人の事情によります。

  1. 学生のうちから準備をして待遇のよいポスドクポジションに付ける人
  2. ポスドク中に成果を挙げてパーマネントに付ける人
  3. 研究が生きがいなので、パーマネントに付けなくても生きていければ良いと考える人
  4. 民間にはいつでも行けるから、やれるところまで研究をやる人
  5. 他いろいろ

など、職選びは個人の価値観に依るところが大きいので、ポスドクの雇用問題という一面だけを見て判断することは危険です。

日本では給与水準が低い、パーマネントになれる保証がないなどのリスクはありますが、自分でポストを見つけることができれば、海外で研究の経験を積んだり、世界的に有名な研究者の研究室に入って研究を行うなど、自分のキャリアを自由にデザインできるというメリットもあります。
2020年のノーベル物理学賞は天文学でした。
私の先輩に、受賞者の一人であるReinhard Genzel教授(ドイツ、マックスプランク研究所)のもとで研究をしていたポスドクがいます。
他にも世界中の有名研究室で活躍しているポスドク研究者は沢山います。

結局、どのようなキャリアパスを選んでもリスクがあり、リターンがあります
どのようなリスクなら許容できて、どのようなリスクなら許容できないのか、そのリスクは研究者というキャリアを選んで得られるリターンに見合っているのかを見極める必要があります。
次回は、転職当時、私がどのように研究者としてのキャリアのリスクとリターンを評価したのかお話します。

Conclusion | まとめ

最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回は、博士のキャリア事情シリーズの第一弾として日本のポスドク問題を取り上げました。

  • 雇用の安定性
  • 給与水準
  • 社会保障

を民間企業と比較すると、研究者としてのキャリアはリスクが高いです。
一方で、自分のキャリアを自由にデザインできるなどのメリットも考慮しながら、研究者というキャリアのリスク・リターンを考える必要があります。
本シリーズの後半では、経済的なリスク・リターンを見積もっていきます!

以上、「転職レシピ|博士のキャリア事情1(ポスドク問題編)」でした!
第二弾もお楽しみに!
またお会いしましょう!Ciao!

References | 参考

NISTEPの報告書

「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査 -大学・公的研究機関への全数調査(2012年度実績)-」: https://www.nistep.go.jp/archives/19681
「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査 -大学・公的研究機関への全数調査(2015年度実績)-」: https://www.nistep.go.jp/archives/19681
小林 淑恵「若手研究者の任期制雇用の現状」: https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/07/pdf/027-040.pdf
小林氏の論文を引用したマイナビの記事: https://news.mynavi.jp/article/20140609-a054/

学振特別研究員の募集資料

募集要項: https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_oubo.html
PD募集要項: https://www.jsps.go.jp/j-pd/data/boshu/pd_yoko.pdf
遵守事項: https://www.jsps.go.jp/j-pd/data/tebiki/r2/r2_tebiki.pdf

その他ポスドクの募集要項

国立天文台の募集要項: https://www.nao.ac.jp/about-naoj/employment/fellowship-program.html
東京大学Kavli IPMUの募集要項: https://www.ipmu.jp/en/job-opportunities/kavliipmufellow2017

他参考情報

国税庁「民間給与実態統計調査」(令和元年): https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2019/pdf/001.pdf
転職当時見たサイト(ポスドク問題をまとめている): https://ten-navi.com/hacks/way-of-working-7179
ポスドク問題について熱く語っているサイト: http://scienceandtechnology.jp/archives/category/careers/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E8%80%85%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E5%95%8F%E9%A1%8C
文部科学省の研究者動向についての資料: https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/06/25/1359307_4_1.pdf
データで見る東大の30代(任期付きが含まれない分析): https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00038.html
東京大学をめぐる諸課題: https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400010037.pdf
東大新聞の若手研究者についての記事: https://www.todaishimbun.org/souchou20180608/
内閣府の学術研究に関する調査: https://www8.cao.go.jp/cstp/stsonota/katudocyosa/h27/gaiyo3.pdf

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