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2025年冒頭では、新シリーズ「天文学者のマクロ経済学」をしばらくの間お届けします!2024年末ごろから、基礎控除引き上げによる減税や財政収支(プライマリーバランス)の黒字化が話題ですね。マクロ経済の概念は、天文学の一分野である銀河の形成進化の研究で使われるモデルによく似た部分があると感じました。そこで、天文学者としてマクロ経済について考察してみることにしてみました!
このシリーズ「天文学者のマクロ経済学」では、
- マクロ経済モデルの概観 | 3人の登場人物とお金の流れ
- 企業の役割 | モノの生産
- 政府の役割 | 通貨流通量の調整
- 政府収支と物価 | 財政収支黒字化は目標として不適切
- 技術革新と物価 | 技術革新もデフレ化を招き得る ←今回
- 貿易と物価 | 日本は貿易黒字によるインフレを狙っている?
- 日本の財政政策 | デフレに逆戻りしないためにどうすべき?
といった内容を解説する予定です!
#5の今回は、マクロ経済モデルにおける技術革新と物価の関係を解説します。この記事を読めば、技術革新や生産性の向上が物価にどのような影響を与えるかがわかります!さらに、デフレ化を防ぐために財政赤字によって通貨流通量を増やす必要性も理解できるはずです。ぜひ最後までご覧ください。
この記事はこんな人におすすめ
- 基礎控除引き上げの議論で経済に興味を持った
- 政府の財政黒字化が正しいのか間違っているのかわからない
- 国の借金のことがなんとなく心配
Abstract | 技術革新や生産性向上に合わせて通貨供給が必要
技術革新や生産性の向上は、商品やサービスに対する需要をたかめ物価を上昇(インフレ)させる方向に働くと考えられがちです。しかし、通貨流通量が増えない状況においては、技術革新や生産性の向上によって市場に残るモノの価値の総量が増加増加するため、物価の下落(デフレ)を招く要因になり得ます。技術革新や生産性の向上によって、同じ費用・同じ労働力・同じ労働時間を投入した場合でも、
- 同じ労働力や資金からよりたくさんのモノを生産できるようになる → モノの量が増える
- 生産された商品が高機能になる → モノの価値が増える
- ノウハウの蓄積によってより価値の高いサービスが提供できるようになる → モノの価値が増える
- 商品の寿命が伸びて経年劣化が低減される → モノの価値が増える
といったように、市場に残されるモノの価値の総量が増えることになります。市場に残されるモノの価値の総量が増えることで、人々の暮らしは豊かになります。
技術革新や生産性の向上で市場に残されるモノの価値の総量が増えても、通貨流通量が変わらない場合には、通貨に対するモノの相対的な価値が下がってしまい物価下落すなわちデフレを招きます。もし、政府が財政赤字によって市場に通貨を供給しなければ、皮肉なことに技術革新や生産性の向上が不景気をもたらすことになります。したがって、緩やかな物価上昇を維持するためには、技術革新や生産性向上に合わせて政府は財政赤字を拡大し、市場の通貨流通量を増やす必要があります。
Background | マクロ経済モデルの前提のおさらい
まずはマクロ経済モデルについておさらいしましょう。前回までには、
- 天文学者のマクロ経済学#1 導入編|マクロ経済モデルの概観(3人の登場人物とお金の流れ)
- 天文学者のマクロ経済学#2|企業の役割はモノの生産(マクロ経済モデルの登場人物1)
- 天文学者のマクロ経済学#3|政府の役割は財政赤字と徴税による通貨流通量の調整(マクロ経済モデルの登場人物2)
- 天文学者のマクロ経済学#4|政府の財政収支と物価の関係(財政収支黒字化は目標設定として不適切)
という内容を扱いました。#1では登場人物は政府、企業、家計の3人だけであること、お金の流れはこの3人の間でやりとりする6種類だけであることをお話しました。さらに、貿易収支均衡の仮定を置くことによって、国を一つの閉じた系と考えることができることもお話しました。#2では登場人物の一人である企業の役割が商品やサービスといったモノの生産であることをお話しました。#3では政府の役割が政府支出と徴税による通貨流通量の調整であることをお話しました。#4では政府の財政収支が黒字だとデフレ、赤字だとニュートラルorインフレ傾向になり、そもそも財政収支黒字化を目標にすることは不適切であるというお話をしました。
#5の今回は、これまで4回の記事内容を踏まえて、モノを生産する企業側で技術革新や生産性向上が起きたときの物価への影響を考えます。#1から#4までをまだ読んでいない方は、上記のリンクからご覧ください!
Method | 技術革新と生産性向上によるモノの生産への影響
前回までのおさらいになりますが、
- 生産されるモノの価値の総量が増加する場合
- 生産されるモノの価値の総量の減衰が弱まる場合
に市場に残されるモノの価値の総量がどのように推移するかを振り返りつつ、
- 基本的にモノの価値の総量は増え続ける
- 技術革新や生産性向上によってモノの価値の総量が増えるスピードが加速する
ということを確認します。
市場のモノの増え方 | 生産されるモノの価値の総量が増加する場合
生産されるモノの価値の総量が増加する場合には、市場に残されるモノの価値の総量も増えていきます。#2の記事「天文学者のマクロ経済学#2|企業の役割はモノの生産(マクロ経済モデルの登場人物1)」では、ある年に生産されたモノの価値の総量が、経年劣化や消費によって減衰していくモデルを考えました。ある年に生産されたモノの価値の総量は時が経つにつれ減衰していきます。市場には、減衰していく価値の総量が積み上がることで、モノの価値の総量が増えていくことになります。
毎年生産されるモノの価値の総量が増えていく場合には、市場に残されるモノの価値の総量も増えていきます(図1)。図1の\(g_{i}\)は\(i\)年に生産されたモノの価値の総量です。\(a_{i,j}\)は\(i\)年に生産されたうち、\(j\)年後に残存している価値です。\(a_{i,j}\)をこれまでの生産年について\(N\)年分足し上げたもの
$$
A_{n, N} = \sum_{i=n-N}^{n} a_{i,n-i} \tag{1}
$$
が市場に残るモノの価値の総量となります。図1に示したように、毎年の生産量が増えていく場合には、価値が減衰したものを足し上げたもの\(A_{n, N}\)も増えていくことがわかります。このように、生産されるモノの価値の総量が増加する場合には、市場に残されるモノの価値の総量も増えていきます。
市場のモノの増え方 | 生産されるモノの価値の総量の減衰が弱まる場合
生産されるモノの価値の総量の減衰が弱まっていく場合には、市場に残されるモノの価値の総量も増えていきます(図2)。例えば、商品の耐用年数が長くなっていくような場合がこちらに該当します。図2では、モノの価値の総量の減衰を
$$
a_{i, j} = (1 – \alpha_{i)} a_{i, j-1} \tag{2}
$$
とモデル化しています。\(i\)年に生産されたモノについて、\(j\)年後に残存する価値の総量\(a_{i, j}\)は前年\(a_{i, j-1}\)から\(\alpha_{i}\)の割合だけ減少するということです。つまり、\(\alpha_{i}\)は償却率であって、モノの価値は毎年\(\alpha_{i}\)の割合だけ減っていきます。図2では、\(\alpha_{i}\)が減少するため、ある年に生産されたモノの翌年以降の残存価値が増え、市場に残されるモノの価値の総量も増えていきます。
基本的にモノの価値の総量は増え続ける
資本主義社会が順調に機能していれば、基本的に市場に残されるモノの価値の総量は増えていきます。経済成長、生産性の向上、技術革新が継続することで、生産量や生産価値の増加(\(g_{i}\)の増加)や耐用年数の増加などによる価値減衰率の低下(\(\alpha_{i}\)の減少)が引き起こされます(図3)。前述の通り、\(g_{i}\)の増加や\(\alpha_{i}\)の減少は、市場に残るモノの価値を増加させる方向に働きます。
技術革新や生産性向上でモノの増加が加速する
基本的に市場にモノは増えていきますが、技術革新や生産性向上によってさらにモノの増加が加速します(図4)。技術革新や生産性向上は、生産されるモノの価値\(g_{i}\)の増加や償却率\(\alpha_{i}\)の減少に繋がります。技術革新によって、同じ費用・同じ労働力・同じ労働時間を投入した場合でも
- 同じ労働力や資金からよりたくさんのモノを生産できるようになる: \(g_{i}\)が増加
- 生産された商品が高機能になる: \(g_{i}\)が増加
- ノウハウの蓄積によってより価値の高いサービスが提供できるようになる: \(g_{i}\)が増加
- 商品の寿命が伸びて経年劣化が低減される: \(\alpha_{i}\)が減少
といった効果があるため、\(g_{i}\)は増加傾向、\(\alpha_{i}\)は減少傾向となります。したがって、技術革新や企業の生産性の向上により、市場に残されるモノの価値の総量の増加はさらに加速すると考えて良いでしょう。
Result | 技術革新が物価に与える影響
技術革新や生産性向上によって、市場に残るモノの価値の総量が急激に増えていく場合に、通貨の増加量と物価との関係を整理します。マクロ経済モデルにおいては、
- 通貨の増加がモノの急増よりも少ない場合→ 物価下落(デフレ)
- 通貨の増加がモノの急増と釣り合う場合→ 物価維持
- 通貨の増加がモノの急増よりも多い場合→ 物価上昇(インフレ)
となります。通貨増加量と政府収支の関係を踏まえると、これらの関係は
- 政府の財政赤字がモノの急増に対して不足する場合 → 物価下落(デフレ)
- 政府の財政赤字がモノの急増と釣り合う場合 → 物価維持
- 政府の財政赤字がモノの急増に対して過剰な場合 → 物価上昇(インフレ)
と整理し直すことができます。#3の記事「天文学者のマクロ経済学#3|政府の役割は財政赤字と徴税による通貨流通量の調整(マクロ経済モデルの登場人物2)」で詳しく見たように、通貨の増加量
$$
\begin{align}
\Delta m &= (m_{GB} – m_{BG}) + (m_{GC} – m_{CG}) \tag{1} \\
&= (m_{GB} + m_{GC}) – (m_{BG} + m_{CG}) \tag{2}
\end{align}
$$
は、政府からの支払い(\(m_{GB} + m_{GC}\))と政府の収入(\(m_{BG} + m_{CG}\))の差になります(記号の詳細は#3記事を参照)。したがって、通貨増加量 = 政府の財政赤字となります。
技術革新によるモノの急増に対して政府の財政赤字が不足する場合、釣り合う場合、過剰な場合それぞれについて、以下で詳しく見ていきます。
政府の財政赤字がモノの増加に対して不足する場合 → 物価下落(デフレ)
技術革新による急激なモノの増加に対して、政府の財政赤字が不足する場合には物価は下落する(デフレ)傾向になります(図5)。モノの増加量が通貨の増加量\(\Delta m\)よりも大きいため、モノの通貨に対する相対的な価値は下がっていきます。したがって、物価は下落します。技術革新や生産性向上によって市場に残るモノの価値の総量が増える局面において、政府の財政赤字を縮小することはデフレ経済に突入させる要因になるということです。
政府の財政赤字がモノの増加と釣り合う場合 → 物価維持
技術革新による急激なモノの増加に対して、政府の財政赤字が釣り合う場合には物価は維持されます(図6)。モノの増加量と通貨の増加量\(\Delta m\)が同程度であるため、モノの通貨に対する相対的な価値が同程度に保たれます。したがって、物価が維持されます。
政府の財政赤字がモノの増加に対して過剰な場合 → 物価上昇(インフレ)
技術革新による急激なモノの増加に対して、政府の財政赤字が過剰な場合には物価は上昇(インフレ)します(図7)。モノの増加量よりも通貨の増加量\(\Delta m\)が大きいため、モノの通貨に対する相対的な価値が高まります。したがって、物価が上昇します。
Discussion | 失われた30年の原因は財政政策の根本的な誤り?
これまでの内容から、日本の「失われた30年」の原因について一つのという仮説が浮かび上がります。それは「市場に残るモノの価値が増える局面にもかかわらず、財政健全化を目指して通貨供給を抑制しようとしたため」ということです。日本企業の技術革新や生産性向上に見合うだけの通貨供給を怠ったために失われた30年を招いたということです。財政健全化を目指したことで、皮肉にも技術革新や生産性向上が失われた30年をもたらしたと推測することができます。つまり、財政健全化を目指すという財政政策が根本的に間違っていたということです。
技術革新で日本の市場にモノの価値の総量は増え続ける傾向にあった
モノを生産する日本の企業の力は強く、日本国内に残るモノの価値の総量は増え続ける傾向にあり続けてきたと考えられます。失われた30年すなわち
- 1990年代半ば以来物価上昇が見られなくってしまいデフレ経済に突入
- 他の先進国に比べて経済成長も度合いも低いまま
に突入する以前の1990年頃までは、
- 世界第二位の経済大国
- 日本の製造業は世界一
- 一人当たりGDPも世界一
という状況だったようです。つまり日本は強力な製造業を持つ国だったわけです。当時、
- 経済成長が続いていた → \(g_{i}\)の増加
- 世界一を獲得する技術開発が行われいた → \(g_{i}\)の増加、\(\alpha_{i}\)の減少
- 世界一の生産性(一人当たりGDP)→ \(g_{i}\)の増加
ということを考えれば、市場に残るモノの価値の総量は増え続ける傾向にあったと推測されます。
ちなみに、日本のモノを生産する能力の高さは外国と比べるとよくわかります。途上国では製造業が乏しく、インフラが整っていなかったり、商品が手に入らないといった問題がよく見られます。例えば、過去記事「出張|エチオピア航空でルワンダへ(ルワンダ出張記#1)」で紹介したアフリカの「ルワンダ」という国は内陸の途上国であるため、製造業が弱いです。近年著しい経済発展をしているものの、主要産業は農業で、製造業で作られるような商品は輸入に頼っています。他の先進国と比べても日本の製造業の強さは明確です。アメリカやヨーロッパでウォッシュレットを見たことがありますか?笑
財政健全化目標が招いた失われた30年?
失われた30年は財政健全化目標が招いたと推測することもできます。製造業の技術革新と生産性向上でモノの価値の総量が増える状況にあったにもかかわらず、財政健全化目標によって市場の通貨流通量を不十分にしたためにデフレ化が起きたということです。
日本では財政健全化は1976年から目指してきたもので、本格化したのは1990年から2000年代です(参考: 財務省「Ⅱ.財政健全化の必要性と取組」)。1997年には「財政構造改革の推進に関する特別措置法(平成10年6月5日改正、同年12月18日停止)」、2002年には「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002(閣議決定)」が行われ、「2010年代初頭に財政収支の黒字化を目指す」目標が建てられました。
1990年代中頃までは日本経済もイケイケの状況で、この時代の歌にも「モノに癒やされた人生は暗い(サザンオールスターズ、2000年)」といった「モノが増えすぎてどうなの?」という歌詞がよく見られたと思います。そんな「市場にモノが増え続ける状況」で、財政収支の黒字化を目指して通貨供給量をモノの増加に対して不足させたことがデフレ化の直接の原因ではないかと考えてしまいます。仮説の域を出ませんが、今後機会があれば様々な統計データを使って検証したいと思います。
ちなみに、いわゆる「積極財政論者」の人が行う「日本は公共事業を絞ってきたから不景気になったんだ」という主張がこれまで理解できなかったのですが、今回マクロ経済モデルでお金の流れを考えたことで理解できるようになりました。彼らの主張の本質は「財政赤字すなわち通貨供給を減らしてきたせいで、モノに対して通貨が不足してデフレを招いた」ということになるはずです。マクロ経済モデルのお金の流れを踏まえると「まあそうだよな」と言えるぐらい当然の主張です。
Conclusion | まとめ
今回はここまでです!
技術革新と物価の関係をお話しました!
技術革新によって市場に残るモノの価値の総量は増える傾向にあります。その状況では、財政赤字を適切に拡大して通貨の増加量をモノの増加量に対して釣り合わせる必要があります。日本の失われた30年は、当時世界一の製造業を持つ日本において、モノの増加量に対して十分な通貨供給を怠った財政政策の根本的な誤りによって引き起こされた可能性があります。
以上「天文学者のマクロ経済学#5|技術革新と物価(技術革新もデフレを招き得る)」でした!
最後までご覧いただきありがとうございました!
次回もお楽しみに!
References | 参考
- 財政健全化目標の歴史: Ⅱ.財政健全化の必要性と取組(財務省)p.19
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