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今回は博士のキャリア事情シリーズの第3回、検証準備編です!
今回と次回の2回では、統計データを用いて、研究者のキャリアパスと生涯年収の分布を推定していきます。
前回、私が転職活動当時に行った、研究者の生涯年収の推定を紹介しました。
様々なデータを見ながら試算をしているものの、私の独断と偏見に基づく部分も多いので、今回はできるだけ客観的な推定を行っていきます。
今回の検証準備編では、研究者のキャリアパスと生涯年収分布を推定するのに使えそうなデータをご紹介します!
Abstract | 研究者のうち主要大学でパーマネントに就けるのは3割
研究者のキャリアパスと生涯年収分布を推定するために、日本の研究者の年齢ごとのポスト分布のデータを作成しました。
日本のポスドクの年齢分布と主要11大学の教員(パーマネント職+特任教員)の年齢・職位分布を組みあわせます。
30-34歳の年齢レンジで、ポスドク+特任教員の任期付きポストの人数が最大となり、以降の年齢では減っていきます。
一方、任期無しポストの人数は年齢とともに増えていき、50-54歳で最大となります。
30-34歳の任期付きポストの人数と50-54歳の任期無しポストの人数を比較すると、後者は前者の約3割程度です。
したがって、研究者のキャリアを歩み始めた30歳前後のポスドク・特任教員のうち、主要11大学でパーマネント(任期無し教員)になれるのは3割程度であることがわかります。
Background | 研究者のキャリアを統計的に調べる
前回の記事では、研究者のキャリアパスについて5つのシナリオをおき、それぞれのシナリオにおける生涯年収を試算しました。
研究者の生涯年収の幅を知ることができた一方、研究キャリア志望者のうち、どのくらいの割合が教授になって最大値に近い額を稼げるのかといったことがわかりません。
それぞれのシナリオがどのくらいの確率で発生するのかが未知だからです。
今回と次回では、誰でも入手できる、公的機関の統計データを使い、
- ポスドク(博士号取得者)の何割が何歳のときにどのポストに就いているのか
- 同学年の博士号取得者のうち何割が教授になれるのか
- 博士号取得者の生涯年収の分布
を検証していきます!
果たして、前回のざっくり試算(私が転職活動時に行ったもの)は妥当だったのか?明らかにしていきます!
今回は、検証に必要なデータを用意します。
公的機関の統計データの中で使えそうなものをピックアップし、それぞれどのようなデータなのかを解説します!
Data | 検証に用いるデータ
今回と次回の検証では、
- 研究者のキャリアを推定するためのデータ
- 研究者の年収を推定するためのデータ
の2つを用意していきます。
研究者のキャリアを推定するためのデータ
研究者のキャリアを推定するためには、博士号取得者の何割が何歳のときにどのようなポジションにいたかというデータが必要です。
理想的なデータは、博士号取得者のキャリアを時点時点について追跡したものです。
このようなデータは、コホート集計(同じ統計集団について追跡し続ける集計手法)データなどと呼ばれます。
このようなデータが存在すれば、博士号取得者の何割が何歳でどんなポジションにいたががわかります。
しかし、ざっと探して入手できるデータでは20年、30年といった長期間の追跡データは見つかりませんでした。
そこで今回は、ある年齢の研究者がどのポストに就いているかを複数の時点時点で集計した、スナップショットデータを使っていきます。
例えば、2020年12月時点で、30歳から65歳までの研究者を対象に、各人がどのようなポストに就いているかを調べたようなデータです。
このデータでは30歳の研究者と65歳の研究者は全く別人で、個人としては無関係です。
このようなデータから、博士号を取得した人が将来どのようなキャリアを歩むのかを推定するためには、適当な仮定を置きつつ、研究者を統計的な集団とみなして、異なる年齢の人間集団を関連付けて考えます。
ちなみに、スナップショットデータから対象の時間的な変化を明らかにする手法は天文学でよく用いられます。
天文学では、天体の状態が変化するのに何十億年という時間がかかりますから、個別の天体の時間的な変化を追跡して研究を行うことはできません。
天文学では、遠くの宇宙(=宇宙の昔の姿)と近くの宇宙(=宇宙の現在の姿)のスナップショットを比較して天体の時間的な変化を明らかにしていきます。
天文学についてはまた別の機会にお話しましょう。
さて、ざっとデータを探してみると、NISTEPからポスドクと大学教員それぞれの雇用状況についてのスナップショットデータが見つかりました。
今回の検証ではこれらを利用します。
採用データ1: NISTEPによるポスドクの雇用状況調査データ
1つ目のデータはNISTEPによる「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」の最新版、2015年度実績のデータです。
この調査の目的は、日本国内の大学・公的研究機関で研究を行っているポスドクの雇用状況と進路を把握することです。
今後の研究人材の育成や支援についての施策の検討に貢献することとも記載されています。
調査対象 | 日本の大学・公的研究機関のポスドク
調査対象は、4年生大学や大学院などの大学や研究開発法人などの公的研究機関で研究に従事するポスドクです。
ポスドクの定義は、「(1)大学や大学共同利用機関で研究業務に従事している者であって、教授・准教授・助教・助手等の学校教育法第 92 条に基づく教育・研究に従事する職にない者、又は、(2)独立行政法人等の公的研究機関(国立試験研究機関、公設試験研究 機関を含む。)において研究業務に従事している者のうち、所属する研究グループのリーダー・主任研究員等の管理的な職にない者」とされています。
なお、雇用関係なしのポスドクも調査に含まれています。
また、調査した1147機関のうち、ポスドクが1人以上在籍していると回答したのは305機関です。
図1にその内訳が掲載されています。
国立大学法人77、公立大学30、私立大学125、大学共同利用期間4、他は公的研究機関です。
検証に利用するデータ | ポスドクの年齢分布
今回の検証には、図7のポストドクター等の男女別年齢分布の数値を用います。
このデータは2015年度時点のスナップショットにおいて、28歳から65歳までの各年齢でポスドクが日本に何人存在するのかを示したものです。
このデータと次の「採用データ2」を組み合わせて、研究者のうちの何割が何歳のときにどのポストにいるのかを調べていきます。
数値をcsvファイルにまとめたものが以下です。
採用データ2: NISTEPによる大学職員の雇用状況調査データ
パーマネント職側の雇用状況のデータとして、NISTEPの「大学教員の雇用状況に関する調査」(2015年発表、2013年測定)を使います。
こちらが2つ目のデータです。
この調査の目的は、「第5期科学技術基本計画の策定にあたり、主として若手研究者を取り巻く環境をより 詳細に把握し今後の政策立案に資するため、大学教員の任期や雇用財源等の状況を把握する」ことと書いてあります。
調査対象 | 主要11大学の教員
調査対象は、学術研究懇談会 (RU11)を構成する11 大学(北海道大学、東北大学、筑波大学、東京大学、早稲田大学、慶應義 塾大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)で雇用されている教員です。
任期付きの教員も任期無しの教員も含まれています。
検証に利用するデータ | 教員の年齢分布
今回の検証では、図6「RU11 の教員における任期の有無と年齢別職位構成」のデータを使います。
27ページの図6(補)に実数値のデータがありますので、この数値を読み取ります。
これで、パーマネント職側のデータが手に入りました。
2013年の数値をcsvファイルにまとめたものが以下です。
ポスドク側のデータ(採用データ1)とパーマネント側のデータ(採用データ2)を統合することで、ある年齢の研究者の何割がどのポストにいるということを調査します。
ポスドク側のデータとパーマネント側のデータで調査対象の機関が揃っていません。
こちらは後ほど仮定を置いて対処することにします。
今後、NISTEPにはパーマネント職についても日本全体でデータをとって欲しいところです。
参考データ1: NISTEP『博士人材追跡調査』第3次報告書
博士号取得者のキャリアをコホートで分析した『博士人材追跡調査』というレポートがNISTEP(National Institute of Science and Technology Policy; 文部科学省 科学技術・学術政策研究所)によって発表されています。
最新の『博士人材追跡調査』第3次報告書では、2012年と2015年に博士号を取得した集団の3.5年後・6.5年後のポストや年収について調査しています。
今回は、研究者のキャリア全体に渡る30年、40年といったデータが必要です。
なので、『博士人材追跡調査』のデータは今回の目的には沿いません。
検証には用いませんが、今回・次回の内容と関係する箇所を簡単にまとめます。
この調査の対象は2012年度に日本の大学院の博士課程を終了した者および2015度に日本の大学院の博士課程を終了した者です。
調査の目的は博士課程修了者のキャリアパスを客観的に把握することです。
このような調査を行うことで、博士のキャリアパスが不透明で雇用が不安定であることを理由に、修士課程等から博士課程へ進学することを躊躇する学生が増えてきていることへの対策立案に貢献すると書いてあります。
博士号取得者の進路
博士号取得者の進路については、図5-1、5-2にまとめられています。
博士号取得者の約6割が研究キャリアを選んでいることがわかります
2012年博士号取得者では、約6割が大学と公的研究機関に在籍しており、この割合は博士取得後1.5, 3.5, 6.5年でほとんど変わりません。
2015年の博士号取得者についても傾向は同様です。
博士号取得者の研究ポスト
博士号取得後の研究ポストについては図6-1, 6-2にあります。
2015年博士号取得者は、0.5年後には28 %, 3.5年後には36 %が任期無しのポストについているという結果です。
2012年博士号取得者についてもほとんど変わりません。
こちらについては、6.5年後に52 %が任期無しのポストについています。
職位の内訳は図6-14, 6-14にありますので、興味があればそちらも見てください。
博士号取得者の研究ポストでの年収
博士号取得後の研究ポストにおける年収については、8-4章の図8-9, 8-10に掲載されています。
平均値は掲載されていませんが、最頻値を抜粋すると下記のようになっています。
前回の見積もりと整合する値になっています。
年収レンジ [万円] | ポスドク | 特任助教 | 助教 | 教授・准教授(特任込) |
2012年取得者3.5年後 | 500-600 | 400-500 | 500-600 | 700-800 |
2015年取得者6.5年後 | 400-500 | 500-600 | 600-700 | 700-800 |
研究者の年収を推定するためのデータ
研究者の年収を推定するためのデータは、前回の試算でも使った東京大学の財務情報から取得します。
令和元年度の報告では、7ページに特任教員と特任研究員の平均年収が記載されており、9ページに教授などのパーマネントの平均年収が記載されています。
また、ポスドクの給与に関して、前回は300万円としていましたが、統計的な平均値(400-500万円。詳細はシリーズ第一弾参照)に近い400万円とします。
さらに、民間に転職した場合の平均年収は800万円とします(詳細は前回参照)。
これらのデータをまとめると以下の表のようになります。
全体的に前回の試算よりも高い値が入っています。
教授 | 准教授 | 講師 | 助教 | 助手 | 特任研究員 | ポスドク | 民間企業 | |
平均年収[万円] | 1200 | 950 | 870 | 730 | 770 | 700 | 400 | 800 |
Method | ポスドクデータとパーマネントデータの統合
前述のポスドクの雇用データ(採用データ1)とパーマネントの雇用データ(採用データ2)を統合します。
これで、ある年齢の日本の研究者の何割がどのポストにいるかを擬似的に計算します。
擬似的という意味は、「これらのデータ以外には日本の研究者は存在しない」という大胆な仮定を置くためです。
具体的には下記のような仮定をしていることになります。
- 日本全国のポスドク(採用データ1の対象)は、主要11大学でパーマネント職(採用データ2の対象)に就く
- 主要11大学でパーマネント職に付けなかったポスドクは民間に転職する
かなり大胆な仮定で、実際には公的研究機関でパーマネント職に就くポスドクもいるので、パーマネント職の割合は過小評価されることにはなると想定されます。
他にやりようがないので、この大胆な仮定のもとで検証を進めます。
ただ、大胆ではあるものの悪い仮定ではありません。
国立天文台や理化学研究所などの公的研究機関は別として、腰を据えて研究に取り組もうと思うと、主要11大学のようなメジャーな大学に在籍する必要があります。
修士課程・博士課程にコンスタントに優秀な学生が入ってこなければ、研究室を運営していくことが難しいためです。
平均年収のデータと整合させるために、パーマネント側のポストを統合します。
任期付きポストをすべて特任教員(Project Faculty)として一括にします。
結局、
- 教授(Prof)
- 准教授(AssocProf)
- 講師(Lect)
- 助教(AssistProf)
- 助手(Assistant)
- 特任教員(ProjFaculty)
- ポスドク(Postdoc)
の7区分となます。
これらのうち、1-6は採用データ2の数値が、7は採用データ1の数値が入ることになります。
特任研究員は教員ではないので、採用データ1(ポスドク側)に含まれていることを想定します。
実際データを見てみると、東京大学の特任研究員は令和元年で408名(こちらの7ページ参照)です。採用データ2(パーマネント側)で該当しそうな「任期付き助手、特任助手、任期付きその他」を11大学分足し合わせても、528人と少なく、ここに特任研究員が含まれているとは考えにくいです。
年齢レンジの切り方は、採用データ2(パーマネント側)に合わせます。
採用データ1(ポスドク側)から、各年齢レンジに含まれるポスドク男女の総数を集計し、採用データ2(パーマネント側)に結合します。
結果として得られる、年齢別の内訳は以下のとおりです。
Result | 大まかに見る研究者キャリア
上記の表を積み上げグラフにして観察してみましょう。
研究者全体の人数が最大となるのは30-34歳のレンジです。
ポスドクと特任教員をあわせた任期付きポストが最も多いのもこの時期です。
また、25-29歳のレンジから研究者の数が大幅に増えています。
新規の博士取得者が流入していると考えられます。
任期付きポストの人数が30-34歳以降で減っていくのに対し、任期なしポストは増加し、50-54歳のレンジで最大となります。
この期間の任期付きポストの減少は、任期なしポストの増加より多いため、「任期付き→任期無し」への移行だけでは説明できないことになります。
実際には、民間への異動に加え、公的研究機関や主要11大学以外の大学への異動が含まれるはずですが、前述の仮定のとおり、今回はすべて民間へ移動したとします。
30-34歳で任期付きポストの人数と、50-54歳の任期無しポストの人数を比較すると、30-34歳の研究者のうち、任期無しポストに就けるのは3割程度であることがわかります(厳密には主要11大学で任期無しポストに付ける割合です)。
私の感覚にもだいたいあっています。
Conclusion | まとめ
最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回は、博士のキャリア事情シリーズの第3弾として、研究者のキャリアパスを検証するためのデータを準備しました。
データを眺めただけでも、主要11大学でパーマネント職に就けるポスドクは3割程度であることなどがわかります。
次回、このデータを使って、研究者の生涯所得の分布を求めます!
私が転職活動当時に見積もった生涯所得(前回の記事参照)は妥当だったのでしょうか?
お楽しみに!
以上、「転職レシピ|博士のキャリア事情3(検証データ準備編)」でした!
またお会いしましょう!Ciao!
References | 参考
NISTEP発の参照資料
- NISTEP 『博士人材追跡調査』第3次報告書
- NISTEP「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」(2015年度実績)
- NISTEP「大学教員の雇用状況に関する調査」(2015年発表、2013年測定)
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