Ciao!みなさんこんにちは!このブログでは主に
(1)pythonデータ解析,
(2)DTM音楽作成,
(3)お料理,
(4)博士転職
の4つのトピックについて発信しています。
2025年冒頭では、新シリーズ「天文学者のマクロ経済学」をしばらくの間お届けします!2024年末ごろから、基礎控除引き上げによる減税や財政収支(プライマリーバランス)の黒字化が話題ですね。マクロ経済の概念は、天文学の一分野である銀河の形成進化の研究で使われるモデルによく似た部分があると感じました。そこで、天文学者としてマクロ経済について考察してみることにしてみました!
このシリーズ「天文学者のマクロ経済学」では、
- マクロ経済モデルの概観 | 3人の登場人物とお金の流れ
- 企業の役割 | モノの生産
- 政府の役割 | 通貨流通量の調整
- 政府収支と物価 | 財政収支黒字化は目標として不適切
- 技術革新と物価 | 技術革新もデフレ化を招き得る
- 貿易と物価 | 日本は貿易黒字によるインフレを狙っている? ←今回
- 日本の財政政策 | デフレに逆戻りしないためにどうすべき?
といった内容を解説する予定です!
#6の今回は、マクロ経済モデルにおける貿易と物価の関係を解説します。この記事を読めば、貿易赤字や貿易黒字が物価にどのような影響を与えるかがわかります!ぜひ最後までご覧ください。
この記事はこんな人におすすめ
- 基礎控除引き上げの議論で経済に興味を持った
- 政府の財政黒字化が正しいのか間違っているのかわからない
- 国の借金のことがなんとなく心配
Abstract | 財政赤字なしでインフレにするには貿易黒字が必須
政府の財政収支を赤字にせずに緩やかな物価の上昇(インフレ)をもたらすには、貿易収支が必須です。財政赤字による内部的な通貨供給をせずにインフレさせるには、外部からの通貨供給すなわち貿易黒字(厳密には経常収支の黒字)によって「通貨を輸入」する必要があります。貿易収支が黒字の場合には、国内のモノを輸出する代わりに海外からお金を輸入することができます。結果、貿易黒字の場合には、国内のモノの総量は減少し、通貨流通量は増えることになるため、インフレの要因となります。逆に、貿易収支が赤字の場合には、海外からモノを輸入し、お金を輸出することになるので、国内のモノの総量が増加し、通貨流通量が減るためデフレ要因となります。
基本的に市場にはモノが増え続けるため、政府が通貨を発行し、財政赤字によって市場に通貨を供給しなければデフレ化してしまいますが、貿易黒字が十分大きいければインフレに持っていくことができます。財政黒字を保った上で、経済を活性化させる(緩やかなインフレを保つ)ためには、貿易黒字が必須です。
日本の経常収支(金融まで含めた貿易収支)は近年10兆円から20兆円程度で推移する一方、財政赤字は30兆円から40兆円程度です。日本政府は財政黒字化を目標に掲げつつ、「デフレ脱却」「インフレ目標2%」を主張しています。これを達成するには、経常収支を現在の経常黒字と財政赤字をあわせた40兆円から60兆円程度にする必要があります。逆に言えば、財政健全化の前提として経常黒字を今の3倍から4倍にしておく必要があるということです。
Background | マクロ経済モデルの前提のおさらい
まずはマクロ経済モデルについておさらいしましょう。前回までには、
- 天文学者のマクロ経済学#1 導入編|マクロ経済モデルの概観(3人の登場人物とお金の流れ)
- 天文学者のマクロ経済学#2|企業の役割はモノの生産(マクロ経済モデルの登場人物1)
- 天文学者のマクロ経済学#3|政府の役割は財政赤字と徴税による通貨流通量の調整(マクロ経済モデルの登場人物2)
- 天文学者のマクロ経済学#4|政府の財政収支と物価の関係(財政収支黒字化は目標設定として不適切)
- 天文学者のマクロ経済学#5|技術革新と物価(技術革新もデフレを招き得る皮肉)
という内容を扱いました。#1では登場人物は政府、企業、家計の3人だけであること、お金の流れはこの3人の間でやりとりする6種類だけであることをお話しました。さらに、貿易収支均衡の仮定を置くことによって、国を一つの閉じた系と考えることができることもお話しました。#2では登場人物の一人である企業の役割が商品やサービスといったモノの生産であることをお話しました。#3では政府の役割が政府支出と徴税による通貨流通量の調整であることをお話しました。#4では政府の財政収支が黒字だとデフレ、赤字だとニュートラルorインフレ傾向になり、そもそも財政収支黒字化を目標にすることは不適切であるというお話をしました。#5では、技術革新や生産性向上によってモノの価値の総量が増え、デフレ要因となりうることをお話しました。
#6の今回は、これまで5回の記事内容を踏まえて、貿易の物価への影響を考えます。#1から#5までをまだ読んでいない方は、上記のリンクからご覧ください!
Method | マクロ経済モデルで捉える貿易とお金の流れ
今回は、貿易つまり海外とのやりとりも含めたお金の流れをマクロ経済モデルで捉えていきます。前回までは、貿易収支が均衡している仮定を置いて話を進めてきました。貿易収支が均衡している場合には、海外から入るお金と海外に出るお金が相殺されるため、国は閉じた系となります。よって、国内のお金の流れだけを考えれば済む状態でした。今回は貿易収支による物価への影響を考えてみます。
マクロ経済モデルでの貿易の位置付け
マクロ経済モデルにおいて、貿易すなわち海外とのお金のやり取りは海外に出ていくお金(\(m_{IO}\))と海外から入ってくるお金(\(m_{OI}\))の2種類のお金の流れで整理することができます(図1)。お金の流れをマクロに捉えるために、国外のすべての国を「海外」と一括りにします。また、お金はすべて「お金」あるいは「通貨」として捉え、円やドルなど特定の通貨を考えないことにします。マクロの話をするために、為替の影響はここでは考えません。
以下では海外との2種類のお金の流れを詳しく見ていきます。
国内から海外に出ていくお金(\(m_{IO}\))| 輸入が増えると通貨が減る
国内から海外へ出ていくお金の流れを\(m_{IO}\)(In to Out)と表すことにします。\(m_{IO}\)は海外への支払いです。海外からモノを購入することに相当するので、\(m_{IO}\)は輸入に相当します。モノを輸入する代わりにお金(\(m_{IO}\))を輸出していると捉えることもできます。したがって、輸入が増えると国内のモノが増えて、通貨が減ります。
海外から国内に入ってくるお金(\(m_{OI}\))| 輸出が増えると通貨が増える
海外から国内に入ってくるお金の流れを\(m_{OI}\)(Out to In)と表すことにします。\(m_{OI}\)は海外からの支払いです。海外へモノを販売することに相当するので、\(m_{OI}\)は輸出に相当します。今度はモノを輸出するかわりにお金(\(m_{OI}\))を輸入していると捉えることもできます。したがって、輸出が増えると国内のモノが減って、通貨が増えます。
輸入・輸出とお金の流れ、国内のモノの増減、通貨の増減の関係が整理できたところで、貿易収支と物価の関係を考えていきましょう。
Result | 貿易収支と物価の関係
貿易収支と物価の関係は以下のようにまとめることができます。
- 貿易黒字 → 国内のモノが減って通貨が増える → 物価上昇(インフレ)
- 貿易赤字 → 国内のモノが増えて通貨が減る → 物価下落(デフレ)
貿易黒字の場合は、輸出額 > 輸入額という状態です。輸入によるモノの増加と通貨の減少よりも、輸出によってモノが減って通貨が増える効果が大きいため、国内のモノが減って通貨が増えます。したがって、貿易黒字は物価上昇(インフレ)させる方向に働きます。逆に貿易赤字の場合には、輸入によるモノの増加と通貨の減少が輸出によるモノの減少と通貨の増加を上回るため、国内のモノが増えて通貨が減ります。したがって、貿易赤字は物価下落(デフレ)させる方向に働きます。
貿易黒字、貿易赤字の場合について、以下で詳しく見ていきましょう。
貿易黒字の場合 | 物価上昇(インフレ)
貿易黒字の場合には海外にモノが出ていって、海外から通貨が入ってきます(図2)。したがって、国内に存在するモノの総量は減って、通貨の総量が増えます。通貨に対するモノの価値が相対的に上昇するため、貿易黒字は物価上昇(インフレ)をもたらす方向に働きます。
貿易赤字の場合 | 物価下落(デフレ)
貿易赤字の場合には海外に通貨が出ていって、海外からモノが入ってきます(図3)。したがって、国内に存在するモノの総量は増えて、通貨の総量が減ります。通貨に対するモノの価値が相対的に下落するため、貿易黒字は物価下落(デフレ)をもたらす方向に働きます。
Discussion | 貿易黒字(経常黒字)でインフレ目標を達成できる?
貿易黒字によって「通貨を輸入」することによって、財政赤字による通貨の供給がない場合でも2 %から4 %程度の緩やかなインフレを目指すことができるかもしれません。日本政府が掲げる
- 財政健全化(財政赤字ゼロ)
- 2 %から4 %程度の緩やかなインフレ
という2つの目標が貿易黒字によって達成することができるのかを少し考えてみましょう。なお、上記2つの目標は貿易収支均衡を前提としたマクロ経済モデルを考えれば矛盾した目標であることがわかります(過去記事「天文学者のマクロ経済学#4|政府の財政収支と物価の関係(財政収支黒字化は目標設定として不適切)」参照)。財政赤字を減らす = 市場への通貨供給量を減らすということなので、デフレ化をもたらす効果があります。つまり、日本政府はデフレ目標とインフレ目標を同時に掲げていることになります。この矛盾を解決するには、貿易黒字によって国内市場の通貨の総量を増やす必要があります
現在の日本の国内市場への通貨供給量 | 年間40兆円から60兆円程度
まずは現在の日本の国内市場への通貨供給量を確認してみましょう。国内市場への通貨供給は
- 日本政府の財政赤字(内部的通貨供給): \(\Delta m = (m_{GB} + m_{GC}) – (m_{BG} + m_{CG})\)
- 日本の経常黒字(外部的通貨供給): \(m_{OI} – m_{IO}\)
の2つの経路があります。経常黒字は経常収支の黒字です。経常収支とは、モノの輸出入である貿易収支に加え、金融取引まで含めた収支のことです。いまは国内と海外のお金のやり取りを考えているため、\(m_{OI} – m_{IO}\)の観測量としては経常収支が適切と考えられます。数式の記号は図1のマクロ経済モデルの図や本シリーズ過去記事をご参照ください。
上記2つの経路での通貨供給がどの程度なのかは、統計データを調べることで確認することができます。財務省の「財政に関する資料」から、日本政府の財政赤字の推移を調べることができます。この資料によれば、日本政府の財政赤字は近年では30兆円から40兆円で推移しています。
一方、経常収支の推移は経済産業省の「我が国の経常収支の動向」から確認することができます。この資料によれば、日本の経常収支は近年では10兆円から20兆円の黒字で推移しています。なお、貿易収支自体はマイナスになることも多く、経常黒字を支えているのは金融取引であることがわかります。
インフレ目標達成には年間40兆円から60兆円程度の経常黒字が必要
財政赤字なしでインフレ目標を達成し続けるには、年間40兆円から60兆円程度、すなわち現在の3倍から4倍程度の経常黒字が必要です。現状では、政府の財政赤字による内部的な通貨供給と経常黒字による外部的な通貨供給の合計で40兆円から60兆円程度の通貨供給となっています。この通貨供給量でインフレ目標をギリギリ達成できてています。この規模の通貨供給をすべて経常黒字でまかなう必要があるため、経常黒字を3倍から4倍に拡大する必要があります。
財政健全化を目指すのはまだ早い(前提が整っていない)
逆に言えば、経常黒字を3倍から4倍に拡大することができれば、財政赤字を出さなくても現在の程度の通貨供給が可能ということです。つまり、財政健全化を目指すための前提としては経常黒字を3倍から4倍に拡大する必要があります。3倍から4倍というのは短期間では難しいかもしれませんが、10年、20年といった長期的なタイムスケールでは可能かもしれません。経常黒字拡大のタイムスケールを考えると、財政収支黒字化はまだ早すぎるといえます。
余談 | 海外の市場を獲りに行く意味
経済産業省の方のお話を聞く機会があります。どの方のお話でも
- 海外の市場を獲りに行く
- 海外で売上を立てる
と強く主張されます。これまでは日本は少子化で市場が縮小して成長性がないから、成長性がある海外市場を狙うのだと考えていました。しかし、貿易収支(厳密には経常収支)と通貨供給の関係を考えると、彼らの主張の奥には「貿易黒字なり経常黒字なりを拡大する」という日本経済にとって重要な目的があることがわかります。財政健全化を達成しながらインフレ目標を達成する、すなわち日本経済を安定させるには外貨を稼いで貿易黒字なり経常黒字なりを拡大する必要があります。
経常黒字だけで物価上昇率を維持するのは現実的なのか?
仮に経常黒字を3倍から4倍に拡大できたとして、経常黒字だけで物価上昇率を維持し続けることが現実的なのかは疑問です。年間40兆円から60兆円程度では将来的には通貨供給が不足する可能性があります。2025年1月現在、日本の物価上昇率は2%程度(エネルギーと生鮮食品除く)でインフレ目標を達成できています。ただし、現在のインフレはエネルギーと生鮮食品を除いた物価であっても、輸入品のインフレが大きな要因と考えられます。現在はインフレを輸入しているような状態ですが、将来的に海外のインフレが落ち着き、「インフレの輸入」の効果が小さくなったときに、現在の規模の通貨供給では物価上昇率を維持できなくなるかもしれません。財政政策でコントロールできる内部的な通貨供給(=財政赤字)で調整するほうが、継続性や安定性の観点で現実的なのではないかと考えられます。
Conclusion | まとめ
今回はここまでです!
貿易収支と物価の関係をお話しました!
貿易黒字(厳密には金融取引まで含めた経常黒字)によって、国内の市場に通貨を供給することができます。財政赤字による内部的な通貨供給に相当する分まで経常黒字を拡大、すなわち経常黒字を3倍から4倍にすることができれば、財政赤字による通貨供給がなくても物価を安定させることができます。逆に言えば、財政赤字をなくす財政健全化の前提条件として経常黒字を3倍から4倍にする必要があると考えることもできます。経常黒字を3倍から4倍にするには時間がかかるので、来年や再来年に財政健全化を達成するのは早すぎると考えられます。
以上「天文学者のマクロ経済学#6|貿易収支と物価(財政健全化には貿易黒字の拡大が必要)」でした!
最後までご覧いただきありがとうございました!
次回もお楽しみに!
References | 参考
- 日本の経常収支、貿易収支の推移: 我が国の経常収支の動向(経済産業省)
- 日本政府の財政収支の推移: 財政に関する資料(財務省)